軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史 - 熊谷直

軍用鉄道発達物語 戦う鉄道

Add: zimubi53 - Date: 2020-12-16 07:45:56 - Views: 1482 - Clicks: 4417

たまに光人社NF文庫の新刊を読む。今回は軍用鉄道発達物語、どちらかというとロジスティックの本だ。鉄道軍事利用のルーツは、モルトケ率いるプロシア参謀本部まで遡る。普仏戦争、第一次大戦、第二次大戦・・・フランスからロシアまでドイツ軍のロジスティックスは鉄道が支えていた. 熊谷直 『軍用鉄道発達物語』 光人社. 軍用列車 - 作品 - Yahoo!

熊谷 直『軍用鉄道発達物語―「闘う鉄道」史』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約1件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。. 映画 画像 15. 『軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史』のレンタル・通販・在庫検索。tsutayaのサイトで、レンタルも購入もできます。. 陸軍・海軍の準備状況を確認してきましたが、いざ、実際に戦争を始めるとなると、その遂行を支える人員・物資の輸送力が課題となります。 兵力の動員のための鉄道の利用に関しては、具体的にどのようなことが行われたのか、少し詳しく確認したいと思います。この点で、当時の日本は、最小限必要な鉄道網の整備がすでに進んでいただけではなく、より効率的な活用のために、それを急遽カイゼンする力もつけていたようです。以下は、原田勝正 『明治鉄道物語』からの要約です。 鉄道技術のうち、土木技術については、1880(明治13)年完成の逢坂山トンネルをふくむ大津・京都間の工事で、ほぼ自立の段階に達した。こののち、長浜・敦賀間の柳ケ瀬トンネル、東海道線の建設、高崎・直江津間とくに碓氷峠の急勾配線の建設を通じて、雇外国人に頼る必要はなくなっていった。運転技術については、79(明治12)年に日本人の機関士が登場し、それからは、機関車乗務員は急速に日本人にかわっていった。運転計画だけが、1890年代まで外国人に依存しなければならなかった。外国人技師が、列車ダイヤの作成技術を日本人に教えなかったのがその原因とされている。1890年代にはいると、鉄道局自身の手でダイヤの筋を引くようになったようである。車両技術だけは、1912年以降の、蒸気機関車の全面国産化によって、自立が完成。 日清戦争の開戦にあたっては、その直前の1894年6月に「臨時軍用貨物輸送手続」を制定。兵力の集中・移動について、陸軍は鉄道輸送の常識をこえた、独自の方式を実行。たとえば、東京青山練兵場に甲武鉄道の新宿から引込線を敷き、現在の記念絵画館付近に給養基地を設置、7月27日発令して9月17日完成。さらに日本鉄道の大崎と官設鉄道の大井とを結ぶ短絡線、および官設鉄道神奈川・保土ヶ谷間の短絡線を建設、8~9月に完成。広島では、山陽鉄道が陸軍の委託を受けて、広島・宇品間の軍用線仮設工事を実施、8月4日から20日までの短期間で完成。 東京以北は日本鉄道、神戸以西は山陽鉄道と、官設鉄道東海道線をはさんで、3つの異なる鉄道が、列車の直通運転を行った。軌間・車両・構造物などの規格がある程度一定しないと、直通運転はできない。日本の私設鉄道は、その創業期から官設鉄道との共通規格を基本とするようにしむけられていた。日清戦争の際の直通運転は、このような規格の統一.

e7 軍用鉄道 発達物語 「戦う鉄道」史 【著】熊谷直 光人社nf文庫 年 並. 歳出に占める軍事費の割合は、82年までは15~20%レベルであったが、83年からは20%を超え、85年以降は25%を超過しさらに徐々に増加していく傾向にあった。 すなわち、1882年の壬午軍乱が日本の軍備増強の転機になったことは、このグラフからも読み取れます。 この時期の、毎年の歳出総額の25~30%という軍事費(臨時軍事費=戦費を除く)の比率は、日露戦争後1890年代後半の毎年40~50%や、昭和になって満州事変後の毎年35~50%とかという数字と比べますと、まだ低い数字ではありました。 とはいえ、この当時の財政規模にとっては、とても軽いとはいえない負担であったように思います。約10年にわたりその重い負担に耐え、また軍備を計画的に充実してきた結果として、日本は清国に勝てるだけの軍事力をようやく持つようになったわけです。. 第二次大戦中のドイツ軍軍用列車の情景写真大量に発見. bookfan for LOHACO ストアの商品はLOHACO(ロハコ)で!【内容紹介】 普仏戦争を契機として、軍隊輸送の重要性を認識した明治政府の国策の下で開花した日本の鉄道―日清・日露戦争時から自衛隊の鉄道部隊までを描く沿革史。. 熊谷直 著: 潮書房光人社:. 『軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史 光人社NF文庫 』熊谷 直【著】 ¥760 (潮書房光人社)(/07) ★ kinokuniya amazon bk1 『日本海軍はなぜ敗れたのか 連合艦隊誕生から敗戦までの軌跡 』熊谷 直【著】 (徳間書店)(/02) ★ kinokuniya amazon bk1. 歴史から消された 禁断の鉄道史 --**--(彩図社文庫) 小川 裕夫/ 年9月 世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ (朝日文庫) 下川裕治/ 年8月. この期間全体を通じて、軍事費以外の歳出は、毎年おおむね5~6千万円程度の範囲にあって、ほぼ一定に近い状態であった。 2.

普仏戦争を契機として、軍隊輸送の重要性を認識した明治政府の国策の下で開花した日本の鉄道―日清・日露戦争時から自衛隊の鉄道部隊までを描く沿革史。戦時には軍用列車として兵員・兵器輸送にあたり、平時には交通路を妨害し人心を撹乱させる謀略工作の役割を担った鉄道と戦争・軍事. 書籍のゆうメール同梱は2冊まで/軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史本/雑誌 (光人社nf文庫) (文庫) / 熊谷直/著 0. 日清戦争が1894年の7月に発生してしまったことは、当時の日本の議会情勢で反政府勢力が強力だったこと、たまたま朝鮮に東学乱が発生したことなど、明らかに偶発的な要素に左右された結果であるように思われます。 しかし、現に清国に対する戦争に踏み切るためには、その前提条件として、清国との戦争を遂行できる軍事力を持っている必要がありました。その軍事力は、清国との戦争が起こりうることであるとの認識から、長年月をかけて準備されていました。 現実に対清戦争を戦えるレベルの軍備が整うまでは、いくら対外硬派が騒いでも、国論が沸騰しても、戦争は行われませんでした。まことに健全なことでした。1894年の7月には清国と戦えるレベルの軍備が整っていると判断されたため、ついに戦争になりました。. 7: 日本海軍史の研究: 海軍史研究会 編: 吉川弘文館:.

これまで見てきました通り、清国と交戦して勝てる、という目標が達成できるレベルまで、現に軍備拡張が行われました。では、そのために、実際にはどの程度の予算を使ったのか、最後にこれを確認しておきたいと思います。 下のグラフは、山田朗 『軍備拡張の近代史』にある日本の軍事費および歳出に関する資料から作成しました。その中で、1878(明治11)年から、日清戦争の前年である1893年までの期間について、グラフ化したものです。 ここから下記が言えるように思います。 1. グンヨウ テツドウ ハッタツ モノガタリ. 軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史 (光人社nf文庫 く n-792) 普仏戦争を契機として、軍隊輸送の重要性を認識した明治政府の国策の下で開花した日本の鉄道――日清・日露戦争から自衛隊の鉄道部隊までを描く沿革史。. ショッピング!796円~ご購入可能です。最安値情報や製品レビューと口コミ、評判をご.

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熊谷 光久(くまがい てるひさ、1936年(昭和11年)4月28日 - )は、元航空自衛官、軍事史学者、軍事評論家、歴史評論家である。 ペンネーム 熊谷 直 (くまがい ただす)を著作の種別により用いる。. 軍拡について、それを実行するのに必要だった「お金」という面から、もう少し確認しておきたいと思います。1890年に帝国議会が開かれるようになると、議会での審議の中で、軍拡に必要な予算規模も論議されていくことになりました。政府はどのように軍拡予算を設定し、議会ではどのような議論になったのでしょうか。以下は、高橋秀直 『日清戦争への道』からの要約です。 陸軍の中堅層は、甲申事変以後、強硬路線。山県自身も1893年に入ると、陸軍中堅の対清武力対決路線に接近し、陸軍は対清強硬路線に一本化。しかし対清協調路線は、第二次伊藤内閣に受け継がれていく。防穀令事件、日清政府間に提携軸が成立し有効に機能。 陸軍、1883年より始まった大軍拡は、88年には師団制への移行を実現、90年にはほぼ目標を達成、新たな軍拡は当面必要のない状態。要塞には不十分。軍拡の中心課題は海軍。理由は、国際状勢への強い危機感、英清海軍を仮想敵国として軍備。英清ブロック対ロシアの対決の可能性、現在の海軍で日本が局外中立を確守ことは不可能。 明治憲法は議会に予算議定権を認めており、国会開設以後、民党は財政に大きな力を行使できるようになった。そして日清戦争までの初期議会では、この問題が政府と民党の最大の政治的争点となるにいたった。 1891年度予算案、健全財政原則の範囲内での海軍軍拡の推進(実際には老朽艦の補充にとどまった)。第一議会、歳出予算案に800万円に及ぶ大削減、民党は軍拡は認めており、削減の対象は一般行政費。650万円の削減を政府がのむということで予算は成立。 1892年度予算案、健全財政原則の枠内で、民力休養と海軍軍拡。第二議会、衆院は今回も予算案を徹底的に削減、政府も対決、議会は解散、予算は不成立。民党は軍拡経費についても削減、必要性自体は認めるが、現政権のように信頼できないものには任せるわけにはいかないという論理。第三議会はまたも否決。 1892年8月、第二次伊藤内閣が成立。93年度予算案、総額1956万円におよぶ大規模な海軍軍拡計画、地租負担の軽減、増税。健全財政原則にもとづき、軍拡と民力休養を並進。第四議会でも民党は872万円を削減、政府と全面対立。政府は天皇の権威に難局の打開を求め、建艦詔勅。結局263万円を減額した8113万円で予算を承認、海軍軍拡計画も決定。 財政的余裕のもとで編成した1. See full list on sinojapanesewar1894. 軍用鉄道発達物語―陸軍鉄道部隊の全容 熊谷 直【著】 光人社 (/05/14 出版) 序章 鴎トンネル 第1章 鉄道がもつ軍事上の意味. 次に、海軍力の整備について。以下は、戸高一成 『海戦からみた日清戦争』、および野村実監修・太平洋戦争研究会 『図説 日本海軍』からの要約です。 軍艦を幕府から引き継いで発足した維新政府の海軍は貧弱そのものだったが、明治初期は大艦隊建造どころではなく、国防より国内治安が優先、海軍より陸軍の充実。 しかし、早くも1872(明治5)年に日清間の衝突、日本側の琉球の専有化(王国を廃して藩を設置、第一次琉球処分、なお琉球帰属問題の最終決着は日清戦争後)が発端。74(明治7)年には台湾出兵、台湾に漂着した琉球漁民が殺害されたため出兵し、琉球は日本領土との既成事実を作ろうとした。当時の日本海軍力は微弱(甲鉄艦は2隻のみ)だったが、清国はさらに微弱(甲鉄艦なし)で、日本の台湾出兵に争わず。 この台湾出兵が契機となり、日清両国が本格的に海軍軍拡に着手。清国は、1876~79(明治9~12)年、300~400トンの砲艦8隻をイギリスから輸入。日本も78(明治11)年に「扶桑」「金剛」「比叡」の3艦の甲鉄艦(2284~3777トン)が就役。 清国の海軍建設開始時点での認識は、日本への脅威ではなく、アヘン戦争や太平天国の乱などの状況下での近代化の必要性。しかし、「日本人は明代には倭寇」の認識も保有。1864年、李鴻章は「もし清国が『自強』に成功しなければ、日本は西洋にならって中国侵略に参加することになるだろう」と記述。日本の台湾出兵以降は、明確に日本を仮想敵国とした海軍建設。 清国側は海軍力劣勢の認識から、1881‐82(明治14-15)年に独に装甲艦計2隻を発注、85(明治18)年に清国到着、「定遠」と「鎮遠」(どちらも7335トン、30. 総合 cd、音楽ソフト、チケット diy、工具 dvd、映像ソフト アウトドア、釣り、旅行用品 キッチン、日用品、文具 ゲーム、おもちゃ コスメ、美容、ヘアケア スポーツ スマホ、タブレット、パソコン ダイエット、健康 テレビ、オーディオ、カメラ. 日本の海外発展の尖兵となり、戦時には軍用列車として兵員・兵器輸送、平時には交通路を妨害し人心を攪乱させる謀略工作の役割を担った日本の鉄道と戦争・軍事とのかかわりあいを平易に説きあかす「戦う鉄道」史。 アマゾンで注文.

斎藤聖二 『日清戦争の軍事戦略』は、陸軍が海外派兵による対外戦争の前提条件をいつまでにどの程度準備してきたのか、要素ごとの整理を行っています。 演習方法- 1885(明治18)年4月初めての水際攻防作戦、前年の甲申事変の反映。1888(明治21)年5月鎮台制から師団制に改編。1890(明治23)年3月名古屋で陸海合同大演習、上陸作戦、鉄道による軍移動、野戦電信隊。 海峡砲台- 軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史 - 熊谷直 1887(明治20)年から砲台建設本格化、東京湾口、紀淡、下関各砲台が1893~94(明治26~27)年に相次いで竣工。芸予、鳴門、呉、佐世保の新拠点への予算がつかぬまま、半ばまで完成した時点で日清戦争。 鉄道網-山陽鉄道広島まで、1894(明治27)年6月10日から営業運転開始、広島・宇品間軽便鉄道は同年8月20日完成。輸送基地の宇品軍港が完成し、防禦施設の3砲台ができ、集中機構としての山陽鉄道が竣工して、出師体制がとりあえず整ったのが1894(明治27)年6月のこと。 動員システム- 実際の戦争形態を想定して戦時・平時編制を改訂し、召集条例を作成し、関連諸法令・諸規定を制定し、1894(明治27)年4月にほぼ大枠において完成段階。軍需生産状況、東京・大阪両砲兵工廠ともいまだ大戦争のできる状態にはなく、相当に不十分な需品供給体制のなかで戦われた戦争。ただし、総消費量も少。 陸海両軍関係- 「海軍軍令部条例」は1893(明治26)年5月20日、「戦時大本営条例」は22日公布。「陸海軍交渉手続案」ならびに「大本営編成案」への海軍側回答は1894(明治27)年5月16日。駆け込み的であったがとにかく完了して開戦。 参謀次長の中国視察- 川上次長は1893(明治26)年4月9日東京発、朝鮮~天津・北京地区~上海・長江流域地区を回り、7月7日帰京。地形視察と中国軍事状況偵察。この旅行で、川上は中国の「畏るるに足らざることを確信」。 結論- 徴兵軍によるはじめての対外戦争、社会的な諸制度の整備は不十分であったが、戦争開始の第一の前提となる軍編制、動員システム、軍備、陸海軍提携関係の設定は、1894(明治27)年初夏の段階で戦いを開始できる状況になっていた。 日清戦争に至る10年間ほどの時期は、厳しい緊縮財政であったことは、すでに確認しました。その中で、近代的で、海外にも派兵して戦える陸軍をシステマ. 軍用鉄道発達物語/熊谷直. 5センチ砲4門、主砲は艦首方向への射撃性能を重視)。 清国の海軍力増強はその後の数年間、急速に進捗、装甲巡洋艦2隻(「来遠」「経遠」)、巡洋艦4隻(「致遠」「靖遠」「超勇」「揚威」)を英独に発注、87(明治20)年までに就役。1888(明治21)年、北洋艦隊の成立。この時点での合計排水量3万トン以上は日本艦隊とほぼ同等だが、旧式艦や木造艦が大半の日本艦隊に対し大きな戦力優位性あり。 1891(明治24)年7月、清国北洋艦隊、「定遠」「鎮遠」はじめ主力艦6隻が品川に入港。この時点では日本は大きな格差、日本の海軍関係者に巨艦の実物を見せることで威嚇。. 軍用鉄道発達物語 「戦う鉄道」史/熊谷直 画像. 熊谷, 光久(クマガイ, ミツヒサ) 熊谷, 光久(クマガイ, テルヒサ) 同姓同名の著者を検索. 7: 日本軍の精神教育 : 軍紀風紀の維持対策の発展: 熊谷. 。. 00 (0件) 商品詳細.

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壬午軍乱後に、対清交戦できる軍にするための軍拡、という目的が設定され、実際に目標を実現する軍拡が行われた、ということを確認して来ました。しかし、そもそもこの目的の設定が妥当であったのか、という点には、十分に議論の余地があるように思います。 谷干城らの反主流派将軍たちが、そもそも清国を仮想敵国にする軍拡に反対していたことは、すでに見たとおりです。海外派兵して戦える軍隊を準備しようとすれば金がかかるが、防衛に徹する軍隊ならそこまで金がかからない、日本の国家の経済力に見合った軍備とすべきである、というのが彼らの主張でした。 こうした考え方がもしも政府の多数派となっていたなら、厳しい国家財政の中で、殖産興業ほか、他の分野に回せる予算も確保できる、そうすれば経済発展をより促進できる、すると発展の利益を得る層も拡大するので、政府の路線への支持も拡大でき、民党との対立もさほどには激化していなかった、それが列強からの日本の国力への評価にもつながり、日本の安全保障に役立つことになっていた、という可能性がありえたように思いますが、いかがでしょうか。 一方、清国は、もしも軍艦建造費を、西太后の自己満足程度にしか役に立たない頤和園の改修費に流用せず、軍と産業の近代化のために使っていたなら、日本の軍拡に対してもまだ軍事的な優位性を維持できていて、日本も簡単には戦争を仕掛けて来ず、清国自身の安全保障を高めていた、という可能性もあったと思います。 あくまで、もしも、の議論ですが、歴史には他の道もありえたのではないか、と考えることは、やはりカイゼンを考える一つの手法として有効であるように思います。 次は、当時の日本の政府および軍の指導者はどういうメンバーであったのかについて、確認したいと思います。 → ページのトップに戻る. 5~2千万円近くに跳ね上がり、86年以降は2千万円を必ず超過していた。 3.

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